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あたたの知らない京都旅 1200年の物語
2023/10/19(木) 21:00〜 BS朝日
「清水寺 なぜ人は集うのか」
今回のテーマは人気を誇る「清水寺」。
その人気は、はるか平安時代から続いている。
■門を守る狛犬
阿阿の狛犬は、両犬とも口を開けているのが特徴。
元々この両犬は奈良の方から来たもので、東大寺の狛犬と似ている。
仏教の教えを大声で伝える事を示している。
■首振り地蔵
この石造は珍しく、頭部の部分が回る様になっている。
好きな相手の居る方に向けると御利益が叶う。
首が回らない程の苦しみの時には、状況が改善されるとの御利益が。
更に頭の頭巾を取ると「ちょんまげ」があり、たれかけを上げると
胸元には扇子を持っている。
このモデルは、当時の俗に言う「太鼓持ちの方」をモチーフとしている。
庶民の方々の仲を取り持ち、困った人がいれば助けると言った事前活動も
行い、慕われた。
その方をリスペクトし、祀っている。
■音羽の滝
この3筋の滝はなぜあるのか?
それは参られた方に、一人でも多く、短い待ち時間で楽しんでいただける様に、
竹筋で3本に分岐して3つの滝にした。
■清水の舞台
平安時代には、紫式部も『源氏物語』の中で清水寺の賑わいについて
記した程の絶大なる観音信仰が。
天皇や武将をはじめとした身分の高い人から、やがては庶民にまで
広がっていった。
清水寺の舞台から飛び降りる様になったのは、父母や子供に病気を
治したいと言う思いから。
飛び降りした236人の内、201人が生還。10〜20代が半分、
最高齢80歳、若くて12歳。
意外な生還率の高さは、当時は下側は森が茂っており、それが
クッションになっていたから。
■観音信仰
根強い人気の観音信仰はどのようにして生まれたのか?
深く関わるのが、清水寺創建のキーマンであり、のちの時代に
戦国武将たちが憧れたヒーロー・坂上田村麻呂。
清水寺の創建に協力し、田村堂の由来となった武将である。
境内にある「田村堂」にも名残は残る。
また「鹿間塚」にもエピソードがある。
田村が鹿狩りを行っている際、延慎上人と山中でばったり出会い、
殺生を咎められる。
聖の地で鹿を殺めてしまったと後悔した田村は、鎮魂の為に
鹿の塚を立てた。
それが「鹿間塚」となって今に残る。
■舌切茶屋
境内で賑わう「舌切茶屋」。
ここにも奥深い伝説が。
茶屋の御先祖様に関連する事が。
近代におられた月照上人は、西郷隆盛との関係が疑われ、
幕府に目を付けら追われる身に。
当時の事務方である近藤正慎は拷問にかけられ、そこで口を
割ると身に危険が及ぶと考え、自ら舌を噛み自害を。
その苦渋の立場に、残された近藤の家族に、寺の境内に店を出して
商いで食べて行く事を許され、今の茶屋に至る。
■地主神社
地主神社は、縁結びの神様として有名。
恋占いの石が名物で、1万年前の縄文時代から存在していた石で、
これに触れるとパワーを貰えるとされる。
又、丁度清水寺の裏に位置する位置にあり、土地自体にパワーがある。
■子安の塔
清水寺が良く見える絶景ポイント。
喧騒がなく、山間に佇む清水寺が静かに眺められる。
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